ゴセシケラボ

合成神経細胞群塊研究所電信網分室。嘘。文庫本とか漫画とかアニメとか。あと『セブンズストーリー』。

「なかよくけんかしな」

ルーツ王国マイセ村、朱の斧亭。
時刻は夕刻。昼間の仕事を終えた者たちが三々五々店の食堂に集い、食事や酒、憩いを求める、そんなひと時。
その食堂の一角に、やはり今日一日の依頼を片付けたアルフと仲間たちがテーブル二つをつなげて陣取っていた。周囲の喧騒と同様に、みな食べて飲んで、よもやま話に花が咲いている。
そんな中。
フーチェとパルチェが、たまたま隣り合って座っていた。二人も思い思いに肴をつまみ杯をかたむけ、時おり話が弾めばひときわ大きく笑い声も弾ける。
が。
そんな二人の背後、店の壁際で、二人の弟分であるレイジィとトッフォーが青い顔をして震えていた。思わず支えを求めて握りあった互いの手と手は細かく震えて、止まる様子もない。
トッフォー「普通に話してるはずなのに…」
レイジィ「あの二人だと恐怖しか感じないな…」
レイジィはフーチェに、トッフォーはパルチェに日頃から無理難題を押し付けられ雑用でこき使われ、どうやっても頭の上がらない関係が完全に出来上がっている。となれば、それぞれ姉御の笑顔に対し反射的な恐怖をおぼえるのも致し方ない。
だが。
レイジィたちが感じている恐怖には、根拠が全く無いというわけではなかった。
フーチェとパルチェ、二人が何気なく交わしている会話の裏では、お互いがお互いに対し、相手には気取られないほどごくわずかな緊張を放っていた。
この有るか無しかの緊張感をレイジィたちは、虐げられがちな弟分特有の危機回避能力で感じ取っていたのだ。
その緊張感の理由とは──

七、八年ほど前。
「あんた、泥棒だね?」とフーチェ。
問われても無言で対峙するのみのパルチェ。
時刻は深夜。場所はルーツ王国内のとある街、とある貴族の大邸宅。燭台の灯火は消され、窓から月明かりだけが差し込む薄暗い廊下。
この時、パルチェは全身黒ずくめのいかにも盗賊ですと言わんばかりの衣装のうえ、ご丁寧に覆面で頭部をすっぽり覆っている。フーチェの方も、被った兜(ヘルム)がやや大きめで両目を隠すほどに深くかぶさっており、こちらも人相は判然としない。暗がりの中、互いに相手の顔がわからない状態での出会いであった。

実を言えば、この時のパルチェは盗賊ではなく冒険者として極秘の依頼を実行している最中であった。それは、盗賊団への潜入調査である。
当時のパルチェは、盗賊から足を洗って間もない頃。つまり冒険者としてよりは盗賊としての方が名前を知られており、かつ冒険者歴が浅ければそのぶん密偵行為を疑われにくいという部分を買われての依頼だった。
しかしこの潜入調査、実行する冒険者にとってはリスクばかりで実利は少ない。潜入中に身元がバレれば即命を失いかねないし、うまくいったとしても盗賊団の関係者に恨みを買って後日復讐されるケースもある。何より、事情を知らない第三者から見ればあちらの村では冒険者、こちらの街では盗賊という具合なので、半農半魚ならぬ半冒半盗の不埒者という悪評が立ってしまって、冒険者を続けづらくなるケースも少なくない。
それら数々のリスクを承知の上でパルチェは潜入調査を引き受けていた。それも何度も。

一方フーチェは、故郷の村を飛び出したレイジィを連れ戻すため、旅を始めたばかりの頃。行く先々でレイジィを探しながら、駆け出しの冒険者としてあちこちの冒険者パーティーでサポートを務める日々だった。
村で過ごしていた時は、「外に出ていきたい」「でっかい事をしたい」などレイジィの愚痴を聞き流していたフーチェだったが、自分が実際に村の外へ出て視野が広がってみると、なるほどレイジィの言いたい事もわかるようになった。村にいたままでは体験できなかった事、いい事ばかりではなく悪い面もあるけれど、どれも新鮮で驚きに満ちていた。
そんな折り。ある街に立ち寄ったフーチェは、そこの守備隊に常駐している冒険者たちと知り合いになって、短期間ながら彼らの仕事を手伝う事になった。

パルチェの潜入捜査を実行するに当たっては、たいていの場合、盗賊団に加わるための手土産として「厳重な警戒を掻い潜ってお宝を奪取した」という実績とお宝それ自体が必要だった。つまり今、邸宅に侵入しているのもその“手土産”を得るための盗賊行為、要するにヤラセなのだ。という事で、貴族側にも守備隊を通じて話はちゃんと伝わっている。
この日この夜、この場所にいる関係者で、何が起こっているのか知らされていないのはフーチェだけだった。
ヤラセだからといって、本当に厳重な警備を破った事にしてしまったら、手並みが鮮やかすぎて逆に怪しまれるかもしれない。それを防ぐため、厳重ではあったが実はここに警備の穴があったんですよという言い訳として、新人で流れ者の冒険者が雇われ、邸内の警備に当てられていたのだった。流れ者なので、このあと何があったかあちこちで吹聴する事が、噂話として盗賊団側の耳に入るところまで計算に含まれている。

──しかし、これは…
とパルチェは目の前の冒険者を値踏みした。冒険者は、無言のままのパルチェの反応など気にもとめず、「ここであたしに会ったのが運の尽き」とかなんとか一人でしゃべり続けている。
──いくら“穴”が必要とはいえ、この“穴”は少々大きすぎませんこと?
だいたい、深夜の侵入者というどこからどう見ても完璧な不審者を見つけておいて、そこで何者か誰何する必要などない。とにかく大声を上げて警備の仲間を呼び、周囲を固めるべきだ。そういう定石を知らない、あるいは気づかないのなら、これはもう素人も同然だった。
大ぶりの兜はほとんど両目にかぶさり、頬当もついているため顔つきはさだかでないが、兜の両側面に開けた穴から突き出る獣耳と背後でちょろちょろする尻尾で、まだ若いニャア族の娘だとわかる。頑丈そうだがやはり大きめの革鎧を着込んでやや動きにくそうなうえ、長大な戦斧を肩に担いでいる。
仕事の依頼主から「“穴”にはこちらから防具を貸し出しておいたが、怪我は極力させないように」と伝えられてはいた。だが、ニャア族といえば俊敏な動きが長所なのに、こんなかさ張る防具を全身に着けていたらその長所が発揮されない。防具を着る時にそのへんを考慮しなかったという事は、
──バカですわね。
結局仲間を呼ばないまま、ずっと何事かペラペラとしゃべっているところがもうバカっぽいし、自信家らしくニヤニヤとした笑みが口元に浮かびっぱなしなところもさらにバカっぽい。
パルチェは急にイラッとしてきた。
──適当にあしらって、さっさと終わらせましょう。
パルチェがあえて足を引くと、
「おおっと! 逃がしゃしないよ!」
誘いにあっさり乗った冒険者は、戦斧をピタリとパルチェに向けて突きつけてみせた。長柄の戦斧を片腕だけで、まっすぐピタリと。腕力はそれなりにあるようだ。
そこで冒険者は今ようやく気づいたように、
「あれ? そういやあんた、ずいぶん小さいねぇ。え、もしかして子どもなの?」
「…私、こう見えても大人ですわ」
応えながらパルチェは、腰の後ろに差していた短剣を抜いた。
「ああ。て事はラトル族かぁ。まー大人だってんなら…
 手加減は要らないねえ!!」
いきなり動いた。一歩踏み込んで大上段から思いきり戦斧を振り下ろす。パルチェが身を引いてかわすと、斧の刃が床に打ち付けられた。激しい打撃音と共に床の石材が砕けて飛んだ。
冒険者は続けざまに戦斧を振り回す。
「でやぁっ!」
片腕で、軽々と。
「そりゃ!」
その連撃をことごとくかわしながら、さてどうしたものかとパルチェは考えていた。怪我はさせるなと釘を刺されているので、短剣でいくらか斬りつけ出血と痛みでおとなしくさせるのは最後の最後の最後の手段。となればまずは、与えるダメージは最小限にして戦闘力を奪う方向でなんとかしないといけない。
ここで注意を冒険者に戻すと、予想外にも口元の笑みが一段と大きくなっていた。そういえば斧の攻撃も勢いと鋭さを増してきている。どうやら戦斧を振り回しているうちに気分が上がり身体もほぐれ、次第に調子づいてきたらしい。
「あぁもう! ちょこまかと!」
と唸る声もどこか楽しそうな様子だ。
そうこうしてるうちにも冒険者の攻撃は続き、周囲の床だけでなく壁や柱、調度品にも斧が傷をつけていく。ヤラセによる物品の損壊は大目に見るとは言われているが、必要以上に壊せばあとあと問題になるかもしれない。
──そろそろこちらから仕掛けた方がいいかもしれませんわね。
パルチェがそう思った時、
冒険者の気配が変わった。
──っ?
冒険者は、反撃してこない侵入者(パルチェ)に業を煮やしたかあるいはかさにかかったか、頬を紅潮させて歯を剥いた。笑みか威嚇か、ニャア族の瞳が兜の影でぎらりと光る。
「…いつまでも逃げてんじゃないよぉ…」
一度眼前にかざした戦斧を大きく背後へと回すと、冒険者の構えに殺気が満ちた。
「こいつに耐えられるかなぁっ!?」
殺気は戦斧へと凝集し、斧頭が床を擦るほどの下投げ(クォータースロー)で振りだされた攻撃の軌跡に沿って、物理的な攻撃力となって放たれた。足元から頭を優に超える高さに届く衝撃波が床面を削りながらパルチェに迫る。
──ここで大技(スキル)ですの!?
パルチェは驚きつつも斜め前へ跳んだ。そちらには壁が、そして月光差し込む窓があった。その窓枠を足場にさらにもう一つ跳んで、衝撃波の上端を掠めて飛び越える。
戦斧を振り切った冒険者の真ん前に着地するや、すかさず流れで踏み込み、斧を引き戻す隙を与えず相手の胸元へ短剣を振るう。峰打ちで革鎧の上からだが、まともに入った。
「ぐぐっ!」
一撃食らった冒険者は呻いてたたらを踏んだ。その隙に距離をとってパルチェは浅く、だが鋭く息をひとつ吐く。
衝撃波の直撃はまぬがれたもの、掠めた余波でパルチェも軽くダメージを受けていた。だが、こちらの返し(カウンター)が決まってもいた。相手のダメージは、短剣の手応えからして肋骨の一、二本に軽いヒビといったところだろう。痛み分けではあるが、
──面白くありませんわね。
先ほど感じたイライラが、心中でだいぶ大きくなっていた。
単純に冒険者としての実力や戦闘経験を比べれば自分の方が上だろう、それは間違いない。だが実際戦ってみると、性格や戦い方などの相性がうまく噛み合わない。こちらが戦闘の主導権を取ろうとすると、相手はナチュラルにその一歩先、半歩先を先んじて動き、逆に機先を制されてしまう。そんな感じだった。
──好きになれないタイプですわ。
「やるねぇあんた」
冒険者は、短剣の当たった箇所に手を当てているものの表情は不敵な笑みを浮かべたままで、再び戦斧を構えてみせた。
「まさか飛び越えてくるとはねぇ。でもまだまだ。これからだよ~」
「…いえ、そろそろ終わりにいたしますわ」
そう応えて、パルチェは自分から仕掛けた。素早く間合いを詰めると、咄嗟に冒険者が反応して振った戦斧を掻い潜り、一つ二つと続けざまに斬りつけた。冒険者は下がりながら戦斧を初めて両手で構え、柄の部分で斬撃をガードする。
そうやって冒険者の手を押し込めておいて、下段への蹴りも織り混ぜた連撃でさらに相手を翻弄する。いつもであれば、わざと作った隙で相手の攻撃を誘っておいて“後の先”、つまりカウンターを狙うのがパルチェの普段の戦い方だった。が、この相手には“後の先”狙いが通用しなさそうだと気づいて、押していく攻めに切り替えた。何より、
──バカにナメられるのだけは許せませんわ!
「このぉっ!」
気合いと共にひときわ鋭く斬りつけた。冒険者は胸元に寄せた戦斧でガードしたが、
「ふぎゃっ!?」
と声をあげた。ガードした姿勢のまま動けなくなったからだ。冒険者が自分の身体を見下ろすと、手足を縛り付けるように細い紐がいくつも絡み付いていた。
その紐はパルチェが先ほどの斬撃の際、同時に放ったものだった。十本ばかりの細紐を束ねたものにいくつもの鉤針が仕掛けてあり、絡み付いて鉤針が衣服に食い込むと身動きがとれなくなる。もちろん投げつけただけなので厳重に縛り上げているわけではなく、力任せに手足を動かしていれば紐が切れたり鉤針が外れ、じきに動けるようになるだろう。
だがこの場は、数瞬動きを封じるだけで事足りた。
パルチェは懐から眠り粉を取りだし、ひと摘まみをもがく冒険者の鼻先へ撒いた。キノコのマモノ、マッシュから取れる眠り粉は速効性の睡眠導入薬だ。一息吸い込んだだけで、
「ぐ、」
Zzz…と眠ってしまった冒険者をそのままにして、パルチェは先へ進んだ。

はっ、
と目覚めたフーチェは自分が座り込んで寝ていた事に気づき、咄嗟に立ち上がろうとして、
バランスを崩して倒れ込んだ。まだ紐が絡み付いたままだった。倒れた拍子に、抱え込んでいた戦斧が胸元でごろりと転がり、短剣で打たれた傷をまともに押してきた。
「痛ぁ!」
痛みにうめきながら、倒れたまま記憶を手繰る。月明かりの角度からして、先ほどの戦いからいくらも時間は経っていないはずだ。
が、侵入者の姿は廊下のどこにも見当たらない。逃げられた。というより、
負けた。見事に。
「…くっそ~」
フーチェは、横たわったまま全身に力を込めて、絡み付いた紐を強引に引きちぎった。無理な姿勢で無茶をしたせいで、胸の痛みがひどくなった。しばらくは荒い息のままで動けない。
しかし不意に上体を起こすと、鉤針の食い込んだ革鎧をじたばたと脱ぎ、腹立ち紛れに投げ捨てた。
「あーもぉ! こんなん着てたから動けなかったんだよ!」
兜も脱いで、汗で蒸れてぺたんこの髪を掻きむしる。
「…くそー負けたー…」
以前にも短剣の使い手と戦った経験はあったが、そもそも戦斧はリーチの差で優位に立てるので、苦戦などしなかった。だというのに、先ほどの盗賊には見事にしてやられた。リーチの優位は動きの素早さで相殺され、手数で負けた。蹴りも含めてあんなに手数が多いとは。武器以外の攻撃、状態異常をああまで鮮やかに決められたのも初めてだった。なにより印象的だったのは、大技(スキル)を飛び越えてかわされた事だ。
「…つまり、飛んでる相手にはそれ用の技が要るって事だよな? 空中の相手を迎撃する対空技かぁ…」
新しい技をああでもない、こうでもないと考えながら、フーチェはまたニヤリと自信たっぷりの笑みを浮かべていた。
「また会えるかなー。次は負けねえぞ」

貴族の邸宅からやや離れた夜の森。月光から身を隠すようにパルチェは木々の下、闇の中を疾走する。
目的のものは手に入れた。今回の潜入捜査もこれでうまくいくだろう。うまくいくのだが、
微妙にしっくりこないものが胸のうちにある。
先ほどの冒険者だ。
あらためて考えてみたら、かさばる革鎧で動きを制限された状態であれだけ動けたのだから、鎧を着けていなければ戦斧はもっと素早く、鋭く振られただろう。
また、目深に被った兜で視界が遮られていたためにパルチェが大技を飛び越えた瞬間を見逃してしまい、続くカウンターがかわせなかった可能性もある。
鎧も兜も着けていない状態のあの冒険者と再び戦うとしたら? もちろん負けるとは思わないが、今回ほど楽には勝てないかもしれない。ことによったら苦戦するかも、いやあるいは大苦戦か…もしかしたら万が一ひょっとすると、ギリギリ辛勝…とか?
「…二度と会いたくないですわね…」
ぼそりと小さく呟いて、パルチェはさらに加速した。

──そして、現在。
並んで座るフーチェとパルチェ、二人の会話の裏側では、
フーチェ(パルチェってば、絶対あの時のあいつだよねぇ)
パルチェ(…フーチェ、間違いなくあの時のバカですわよね…)
フーチェ(いやぁ、こんなとこでまた会えるとはねぇ。また戦りたいな~。次はこっちも、この前みたいに簡単にはいかないよ~?)
パルチェ(まさか、こんなところで再会するとは思いませんでしたわ…ああもう、めんどくさい)
フーチェ(……)
パルチェ(……)
フーチェ(まぁ今は酒呑んでるし、メシも美味いし、今じゃなくて、いつでもいいかぁ)
パルチェ(再戦なんてまっぴらごめんですわ。このまま知らんぷりを決め込みましょ)
フーチェ(……)
パルチェ(……)
フーチェ「レーイジィ~! そんなとこにいないで、こっち来て呑めよぉ~」
レイジィ「は、はいっ!」
パルチェ「トッフォーさん。私、いいことを思い付きましたわ」
トッフォー「な、なんだいっ?」

今宵も、弟分たちの受難が始まる。